

- 2012.5.17
- 「額、鼻、顎の直線が地球の中心を指して不動。これがゴルフスイングの初歩にして奥義」とプロゴルファーの坂田信弘さん。これが自然にできていればまずミスショットはないという。俳句や短歌、あるいは詩と格闘するときも、この3点が垂直に決まっていると具合が良さそうに思う。いずれにしろ背筋がピンと伸びていないと中心には届かない。簡単なことだが、常にそうであることの難しさ。コ-ス内外のOBに慣れた身には荷の重い話。(洋)
- 2012.5.10
- ある経営者の言葉。「それぞれ過去の成功体験を捨てることで、新たな発展につながる」。続けて、「これから私も持っているものをどんどん捨てて、ちょっとでも空きを作らなければいけないと思っているんです」。捨てないと新しくなれない。企業は空きスペ-スをどう作るかの競争だ。モノにしろ情報にしろ、即決即断でいかにすばやく捨てるかに個人の一切合財がかかっている。よし、手近なモノから練習だ!(岸)
- 2012.5.2
- 「身体の中心部よりも縁辺部が大切。この考えを大事にしてきました。手足とか指先とか、できるだけ心臓や脳から遠く離れている部分を大切にしようと呼びかけたい」。だいぶ前に、作家の五木寛之さんが話している。わかりやすく実行しやすい。ただちにタダで始められ、たちまち効果がありそう。こういう名言は健康問題だけでなく、何にでも応用できるところに珠玉の価値がある。(花)
- 2012.4.26
- 「笑いは最大の呼吸法」「笑うときが一番良く生きているとき」「笑いは敵味方の差別を撤廃する」「笑いは最大の攻撃法」。笑うと内臓にいい刺激を与えるというから、タダの健康ドリンク剤だ。「微笑と握手には金も時間もかからない」商売繁盛の決め手とくれば、笑わない手はない。もっとも「何を笑うかによってその人の教養・人格がわかる」と云われると、ちょっと顔が強張るが。(里)
- 2012.4.19
- 「万緑叢中紅一点」。王安石の詩の一行。一面緑の草葉のなかに、ただ一つ赤い花が咲いている。多くの平凡ものの中に、唯一つだけ優れたものが交じっていること。また男ばかりのなかに一人女が交じっていることのたとえ。優れたものは、そこに至るまで白熱辛酸の時間を通過する。構想、熱意、そして執念。評価されるときはその途中経過は省略、忘却される。果実よりもその途中の風雪をこそ凝視したい。(清)
- 2012.4.12
- 山笑う、山したたる、山装う、山眠る。順に春夏秋冬の季語。いま、山笑う季節。新緑が萌えはじめ山が表情を持ち始める。この季語を作った人は、ひょっとして雪国に生活していたのではあるまいか。「雪国を離れず雪解けあるかぎり」。この一句を新聞の投稿俳句で読んだのは40年前。半年の雪の中の生活から「山笑う時至る」の欣喜はそこで生活した人のみのもの。季語はわが国固有の文化遺産。季語に文化勲章を!(悦)
- 2012.4.5
- 学生の就職状況が刻々と伝えられる。企業の求める人物と、希望するところへ入りたいという学生の出会いがうまく一致すればハッピー。だが現実はなかなかそうはいかないよう。繰り返し双方が接触する機会を作り、互いに理解を得ようとするが、「理解は偶然。誤解は必然」でままならぬ。「人材は探す人の眼玉一つ」。勝海舟のこの短いつぶやきが150年後の今日にも聳えている。景気もグローバルも関係ないのだ。(岸)
- 2012.3.29
- 日中国交正常化40周年記念特別展に、北京・故宮博物院秘蔵の「清明上河図」が上野の国立博物館で展示され、約26万人の人が見た(朝日新聞社主催)。12世紀に描かれた門外不出の名品ということで、その価値は世界的に周知されている逸品。「一人の本物に触れれば、百人の偽者を忘れさせてくれる。人間社会のありがたさである」。城山三郎さんの言葉。絵画も本物、現物を近々と見ることで精神が前向きに一歩刺激されるのだ。(洋)
- 2012.3.22
- 「復興という軽口の映像で被災者の笑顔と感謝の言葉が流れる。誰もその裏の闇を語らず、見ようとしない。被災地では共有した不幸を、仮設住宅では一人で見つめなくてはならない。逃げ場のない不幸の檻だろう。(中略)短歌や俳句ではこの震災を外から不幸の風景として詠んできたが、1年を経て私たちはこの軽薄を“心の不毛という、自らの檻の中"で見つめる必要があるのではないか」。掲載の「天象」3月号、宮原勉会長の「天象後記」より。(英)
- 2012.3.15
- ロンドンオリンピックのマラソン日本代表が決まった。男女とも3名ずつ。いずれもオリンピック初出場というとで、その可能性に期待しよう。「マラソンは走る禅である」といったのは誰だったか。なにごとも一言精神的なるものに置き替えてしまう国民性だが、これは出色。「足は第二の心臓」「手は第二の脳」もわかりやすくて面白い。要は手足をおおいに動かせば、老化なんて簡単には近づきませんということとみた。(隆)
- 2012.3.8
- 追悼記は故人と親しかった人がそれぞれ思い出を語る。生前の忘れがたい言葉や会話を珠玉として綴る。それらの言葉は多弁ではないが、その時の互いののっぴきならぬ情況の中でこそ輝き終生忘れ得ぬ重い言葉になる。会ったこともない二人の間のそういう言葉のやりとりを読むにつけ、言葉の重さ、素晴らしさに改めて身が引き締まる。一言が人生の軸足になる。(里)
- 2012.3.1
- 眼聴耳視(がんちょうじし)。「眼で聴き、耳で見なさい」という中国の古典にある言葉。いい絵や彫刻からは、音楽が聞こえてくる。いい音楽やスピ-チからはいい映像や風景が脳内に広がる。ゴルフや子育てにもこの言葉は通用しそう。これを実践するとなるとかなりの決断力、訓練を必要のようだが、なに、要は習慣です。馴れると生活に変化があり、新鮮で面白い。(花)